視覚障害者の発していたエネルギーの状態

谷山です。

色々な人に氣を通していると感じる事なんですが、人間の体って自分が意識していなくても、必要としている部位に必要なモノを供給するシステムが体に備わってるんですよね。

例えば、誰も

「全身に血を循環させよう!」

とか

「今から心臓を激しく動かそう!」

なんて考えていないと思いますが、考える考えないを別にしても勝手に体中に血が循環してるし、必要に応じて心臓も動きます。

いわば人間って必要な個所に勝手に必要なエネルギーが集まるようにできてるんです。

自分が氣付いていないだけで。

あらためてそんな事に氣付くような事があったので今日はそこら辺を書いてみようと思います。

コンビニで視覚障碍者の人に出会った

先日、近所のコンビニで買い物をして、お弁当を温めてもらっていました。

すると、向こうから白杖をついたサングラスの男性がお弁当待ちの僕の横に来て、店員さんに

「ラークの1mg(タバコ)を下さい」

と言いました。

まだ、僕の会計が途中であったので、店員さんはその人に

「少々お待ちくださいね」

と言って、僕の会計を済ませていました。

ちなみにこんな感じで白杖を掲げてるポーズは「SOSサイン」です。見かけたら助けてあげて下さい。

その白杖をついた方は言われるがまま、しばらく僕の横で自分の順番が来るのを待っていたのですが、相手は目が見えない視覚障碍者です。

あちらにはこちらが見えないので、距離感的なモノが掴めないのでしょう。

僕とその人の距離は普通では考えられないぐらい近かったです。

僕もボケッ~とお弁当が温まるのを待っていましたが、急にその白杖を持った人から変なエネルギーを感じました。

視覚障碍者の方特有の「6番チャクラ」に「氣」が集中している感じがあります。

これは以前に僕の兄からも感じたモノです。(兄も視覚障碍持ち)

視覚障害をお持ちの方は、健常者と違って普通に生きるのにも「感覚」を使わざるを得ません。

その「感覚」を司るのが「6番チャクラ」なので、自然に6番チャクラに氣が集中するのでしょう。

僕自身も兄から白杖を借りて、目を瞑って街中を歩いた事がありますがかなり怖かったのを覚えています。

「こりゃあ、感覚を相当研ぎ澄ませないと危ないな~」

なんて思いました。

僕ら常人では考えられないぐらい普段から「感覚」を使ってるんですよね。

なので

「日常の中で視覚情報が得られない為に、感覚の目である6番チャクラに氣が集中する」

というのは障害をお持ちの方にとっては普通の事だと思います。

そう、ここまでは問題ないんです。

ただ、そのコンビニで出会った人からはそれだけではないエネルギーを感じました。

孤独、寂しさが邪氣を生む

そのコンビニで出会った視覚障碍者の方から感じたものとして

「6番チャクラへの氣の集中」

「孤独」

「寂しさ」

などを感じました。

他人のエネルギーを勝手に感じ取ってあーだこーだ言うのも本当に勝手な話なんですが、その視覚障害をお持ちの人の発するエネルギーは僕にとって

「俺の事をもっと見てよ!」

というアピールをしている様にも感じました(まぁ、弁当待ってる間ヒマだったから勝手に読み取ってたとも言えますが・・・・)

その人から一番強く感じた事は「孤独感」です。

自分の内面を周りに分かって貰いたい氣持ちがオーラとなって表れていました。

「恐らくあの人は独身で回りに人がいないんだろうなぁ・・・・」

なんて勝手にイメージを膨らませてしまいました。

「強い孤独感」

それが積もり積もって「邪氣」となり、その人から発せられていた訳ですが、弁当待ってる間ぐらいの時間じゃなにも出来ないのでその時はそのままコンビニを後にしました。

同じような障害を持つ兄がいる身としては、少し寂しい氣持ちになりましたよ・・・・

必要な個所に必要なエネルギーが供給されるけども・・・

まぁ、その視覚障害の方から発せられている「孤独感」などの「邪氣」は別としても、今までの検証から目が視えない人は、6番チャクラに必然的にエネルギーが集まるという事は確認が取れました。

これはもちろん、何かしらの「障害」を持つ人に限った事ではありません。

生徒さんで、自営業を始めたばかりで「氣力」が欲しいからという理由で教室に通われている方がいます。

その人とトンレンをした時も「6番チャクラ」にかなり「氣」が集中していました。

これは

「何か儲け話はないか?」

とアンテナを伸ばしている為だと思われます。

もちろん「6番チャクラ」だけでなく、全ての人はその人にとって今必要な個所にエネルギーが流れているんです。

なので、人間は

「必要な個所に必要なエネルギーが供給されている」

という事になります。

ま、そりゃそうですよね。

ただ、一つ問題(?)があって

「必要な個所に必要なエネルギーが供給されているけど、「氣脈」の詰まりによって必要分がしっかり供給されているとは限らない」

という事です。

つまりは「氣」の通り道である「氣脈」に詰まりがある為に、必要な箇所にまでしっかりとエネルギー供給が出来ていないのがほとんどの人だという事になります。

もっと言うと

「氣脈の詰まりがあるせいでその人のポテンシャルが発揮しきれていない」

とも言える訳です。

もったいないよね~、マジで。

詰まりが取れれば自分のポテンシャルを発揮できる

「氣脈」の詰まりが取れたとして、いきなりその人のポテンシャルが100%発揮出来る訳ではありません。

でも、パンパンに詰まってる状態で自分のポテンシャルを全て発揮する事は難しいと思います。

本当に自分の能力を発揮したいと思うのならば「氣脈の詰まり」を除去するのは最低条件だと思います。

「え~ そんな事ないでしょう~」

と思うかもしれません。

僕もそう思います(笑)

確かに自分の才能を発揮している人で特に「氣脈の詰まり」を取る事をしていない人は多いでしょう。

でもそういう人は普通の人がやらない血のにじむ努力をしてきたと思います。

その「行動」「思い」「センス」などが合わさり、その人の能力を発揮する箇所への詰まりを取り除いたんではないでしょうか。

文章や口ではうまく表現できませんが、人様の「氣脈」をいじり倒してると

「詰まりがある状態ではポテンシャルを発揮する事が難しい」

というのが理屈ではないレベルで理解できます。

今回は「視覚障碍者」の方を主な例にさせて貰いましたが、例えばその人が「行」に入って詰まりを取り、「チャクラ」を活性化させる事が出来れば、絶対に今とは違う生活を送っていたと思います(ちなみに僕は生まれながらに感覚を使わざるを得ない人ってすごいポテンシャルを秘めていると勝手に思ってます)

「自分の才能を見つけたい」

そういう人って多くいますが、それならまず何より自分の「詰まり」を取る事から始めた方が以外と早く自分の才能に氣付けるんじゃないかな~、なんて思う今日この頃です。

誰にでも「才能」って存在します。

才能を100%発揮して楽しく過ごしたいですよね^^