スピリチュアルな事が好きな人に本当に必要なモノ

谷山です。

ここの所、新規に氣塾の門を叩かれる方が増えています。

ホントに色々な方が来られるので、僕にとっても様々な出会いがある訳です。

最近は

・精神的に参ってしまってはいるけれど、いまいち「氣」というモノを信じれない・・・・・

・「氣功」というと普通じゃないちょっと怪しい人達がやっていると思っていたから呼吸法をやってる自分を想像すると思わず笑ってしまう・・・・

とまぁ、色々な方が来られます。

もちろん

「氣力」を強くして自分の望みを叶えたい!

チャクラを正確に使える様になりたい!

そんな「正統派」な方々も来られます。

ただ、ここの所は

「氣というモノ自体をいまいち信用できないけど、自身の状態にほとほと参ってしまったのですがる思いで来た」

という方が増えている様な氣がします。

「氣」に携わって無かった人にも少しづつ「氣」の重要性が浸透しつつあるんですかね~

良い傾向ですよね。

感覚が開いた時は氣をつけた方がいい

さて、そんな風に「目に見えな世界」に対して興味が無かった人が何かしらの理由で「氣」などのあまり一般的では無い概念に触れるのは良い事だとは思います。

ただ、実はそういった人の感覚が一氣に開くと少し危険な方向性にいってしまう可能性があったりするんです。

現代は「氣」や「チャクラ」という概念はまだまだ一般的ではありません。

僕らからすると「氣」を出したり操ったりする事は普通の事であり、人間であるならば嗜んでいた方が良い技術ではあると思ってはいるのですが、そういったジャンルは世間的にはある種の「超能力」的な目線を向けられる事もあります。

ざっくり言うと周りの人から

「奇異の目で見られる」

という事です。

でも、感覚が開いたばかりの人というのはある意味で「新しい世界」に飛び込んだ訳です。

「新しい世界」に飛び込んだばかりの人はそんな周囲の目線を氣にする事なく

「この新しい世界を皆にも伝えてあげないと!!」

と考える人も中にはいます。

実際に僕も以前はその類の人間でありまして、僕の場合は目に映る全てのモノが新鮮に映り、世界が躍動している様に見えました。

「何だこの世界は!?」

と混乱しつつも、新しい自分の感覚が超楽しくて

「こんな素晴らしい世界がある事に気づけた! そうだ! 皆にも教えてやらないと!」

そんな訳の分からない「使命感」みたいなモノが湧き上がってきて、自分の周囲の人に自分の感じてる世界の事を話したりしていました。

・・・・・・・周りの人は「ドン引き」です。

久しぶりに会った友人に

「この食べ物はエネルギー的に良くないね」

とか

「波動がうんちゃら」

「宇宙がどうちゃら」

とか訳の分からない事を話してばかりいたので

「谷山がしばらく会わない間におかしくなった」

と、そんな噂が流れるほどでした(笑)

とにかく目に映るモノ全てが新鮮だったのでその感動を伝えたかったのですが、誰一人理解してくれる人はいませんでした(当然だよね)

僕の場合は極端なケースではありますけど、「新しい世界」を知った人は

「周りの人に理解されない」

という様な独特な苦しみを味わう事があります。

これは僕一人ではなく、何人もの人が経験している事ではありますが、とにかく「伝えたい」「教えたい」という様な欲求がやたらと沸いてくるんですよね。

でもそういった欲求を理解してくれる人に出会った人を僕は見たことはありません。

「伝えたい」思いは強くてもそれらを理解してくれる人ってのはホントに一握りしかいない訳です。

スピリチュアル好きな人に必要なモノ

そんな風に「新しい世界」に目覚めた人はある意味で「興奮状態」な訳です。

「この新しい世界を伝えたい!」

人にもよるけどその欲求はとても強いモノです。

メッチャクチャ美味しいケーキ屋さんを見つけて、その情報を仲の良い友達に教えてあげたい欲求の軽く数十倍はあるでしょう(当社比)

でも一般世間では「見えない世界」は「見えるケーキ屋さん」の数千倍怪しいです。

そんな怪しい話しばかりしていたら誰も相手にしてくれなくなります。

こういった「新しい感覚」に目覚めてそれを「人に伝えたい!」と思う人にとって僕が一番必要だと思うモノは

「社会通念」

に他なりません。

「一般常識」と言い換えると分かりやすいかもしれませんね。

まぁ、普通に考えたら「氣」だとか「チャクラ」なんてのを知ってる人の方が少ない訳だし、「一般常識」の枠からかけ離れた言葉です。

そんな「一般常識」から外れた話をしたとしても周囲に理解して貰える訳はないのですが、舞い上がってしまっている状態だとそんな事はおかまいなしにこの手の話をし続けてしまう事もあり、周囲からどんどん浮いてしまいます。

世間は「常識」から外れた人を嫌います。

周りからすると

「訳の分からない怪しい話をする人」

というレッテルを貼られてしまう訳であり、そんなレッテルを貼られた人が何を言っても説得力が生まれる訳がありません。

そうなると結果的に、「伝えたい」と思えば思うほど自分の意向とは裏腹な結果になってしまう事が多くなってくると思います。

「自分の感じた感動を伝えたい」

そう思って色々な人に「感覚」の話をして友達が減った人を何人も知っています。

こういった系統の話はまだまだ世間には受け入れられ難いんですね~

でも、もしあなたが「新しい世界」を感じたとして、それをどうしても人に伝えたい!と思ったとしても伝えたい事が「一般常識」から外れていたら人に伝える事は出来ないのでしょうか?

僕はそんな事はないと思っています。

ではどうすれば「自分の感じた新しい世界」を人に伝える事ができるのでしょうか?

自分の感じた事を人に理解して貰うには

ここでちょっとここまでの事をまとめたいと思います。

・「氣」や「チャクラ」などは世間的認知度は低い(社会通念から外れてる)

・新しい感覚に目覚めると人に伝えたくなる強い欲求が湧く事がある

・でもその手の話は周囲に受け入れられる事は少なく、奇異の目で見られ浮いてしまう可能性が高い

という所でしょうか。

「氣」や「チャクラ」なども含め、「スピリチュアル」的な要素が強いモノは現代では「社会性がある」とは言えない訳です。

でもだからこそ、そういった事に携わる人やそういった事を広めていきたい人は「社会通念」が必要になってくると思います。

実際に「社会通念」の意識が低い状態でそういった浮世絵離れした話ばかりしている人がいたのですが、その人は周りの誰からも相手にされなくなり、ある意味で社会から断絶された状態にまでなってしまいました。

もうそうなってしまうとその人が何を言っても周りの人は耳を貸しません。

そうなってしまったらもうただの「自分の妄想をダラダラと喋るちょっとヤバイ人」になってしまいます。

じゃあ、どうすれば自分の「この感覚を伝えたい!」という欲求を満たす事が出来るのでしょうか?

これは僕の経験を踏まえた話になるのですが、それには

「自分自身が誰よりも輝く事」

というのが重要になってくると思います。

もっと細かくいうのならば

「社会通念を大事にしながら社会の中で活躍する事」

と言えます。

とても普通の事ですよね(笑)

「伝えたい!」という欲求が強ければ強いほど人間は独りよがりになっていきます。

そんな独りよがりの言葉は誰の心にも響きません。

でも、それが「毎日を活き活きと過ごしてる人」や「パワフルで魅力的な人」、「デキる人」の言葉だったら聞く人の姿勢も変わってきます。

そうなって初めて人は「聞く耳」を持ってくれるんじゃないかな~、と思います。

これは何も「見えない世界」に限った事ではないですけどね。

最初に書いた通り、いま僕の所に「氣」や「チャクラ」などに興味が無い人達も来てくれています。

「見えない世界」に興味が無い人達です。

それはとてもありがたい事だし、とても嬉しい事なのですが、もし僕がこのブログでぶっ飛んだ内容の記事ばかりをあげていたらはたしてその人達は僕の所に来てくれたのでしょうか?

多分

「なんだこのお花畑野郎は!?」

と、問い合わせ自体なかったんじゃないかな~と思います。

はっきり言ってしまうと僕は現代社会が好きかと言われるとそうでもありません。

でもだからこそ

「社会の中で活躍する」

という姿勢が大切になってくるんではないかという結論に至りました。

自分が

「これはとても良い!」

と氣付いたモノは人に伝えたくなりますよね。

一見、「怪しい」と見られる事が多いこの業界で一般の人から認知されるにはその人自身が「怪しい」と思われていたら言葉にパワーも乗りません。

「ああ、この人って素敵な人だな」

と思ってもらって初めて力が発揮される事でしょう。

「伝える」事よりも「伝わる」事の方が大切って事ですね。

今回の記事の内容に当てはまらない人も多くいると思います。

でも、僕と同じように「伝えたい」という強い衝動に駆られ、痛い目を見た人もたくさんいるのも事実です。

そういう人を見ていて感じる事を記事にしてみました。

最後に一言いわせて貰います。

あなたはもっと輝ける! もっともっと輝こう! だから氣塾へ来い!!