氣功や瞑想を独学で行う危険性

こんにちは 谷山です。

最近は「エネルギー」とか「瞑想」という分野が世間に少しづつ認知されてきてるのかな~

と思います。

実際に僕の教室に来られる方も「エネルギーワーク」や「瞑想」をやられている方も多くいらっしゃいます。

そういったモノをひとマトメに「精神行」と言いますが、独学でやられている方も少なくありません。

でもたまに「瞑想は危険だ!」とかも耳にしたりします。

世間一般には「瞑想」は心身を軽くする良いものだという認識がある反面、「瞑想は危険」という人もいるのでしょうか?

今回はそこら辺をちょっと書いてみようと思います。

氣エネルギーのバランスが崩れる

瞑想や氣功、ヨーガなどは意識していなくても日常生活を送っているのとは比べ物にならないぐらい「氣エネルギー」が動きます。

「氣エネルギー」の状態には「好ましい状態」と「好ましくない状態」があります。

「好ましくない状態」の事を氣功の世界では「氣功偏差」と呼んでいます。(エネルギーが偏るって事)

通常、氣は下に下がっているのが理想とされていますが、この状態では氣は常に上部に集まります。

軽い状態では「頭痛」や「めまい」などが起きる事が多く、胸や頭部に氣が詰まりやすくなってしまっています。

もちろん、程度にはよるのですが進行すると「無氣力感」「倦怠感」などを感じる事も多く、日常で活力を出すことが難しくなります。

ハッキリ言ってしまえば、現代人のほとんどがこの「偏差」の状態であり、気付かないまま生活をしているといっても過言ではありません。

走火入魔と呼ばれる状態

「偏差」が悪化してしまうと「走火入魔」(そうかにゅうま)と呼ばれる状態になります。

まるで火がついた様に体が熱くなり、悪魔が入ってきたかの様に心身を悪い氣に支配されてしまっている状態です。

幻聴、幻覚なんでもござれ状態で、日常生活を送る事がかなり難しくなってしまいます。

ちなみに「禅」の世界では「禅病」「魔境」などと呼ばれる状態です。

これらをひとまとめに「スピリチュアル・エマージェンシー」(霊的危機)と僕は呼んでいます。

僕自身、「偏差」から「走火入魔」を経験してきたのですが、もう普通の人間ではいられなくなっていました。

幻覚は大して見ませんでしたが、敏感すぎる感覚と不吉な幻聴で心身をすっかりやられてまい、日常生活どころではありませんでした。

まぁ、ここまで行くのは稀な事ではありますが、可能性がゼロではない事だけは事実です。

独学の危険性

そういった意味で一人で「精神行」を行う事は危険が伴います。

でもそういった状態に陥ってしまうのはある程度の技量と知識があれば防げます。

ハッキリ言ってしまうと「スピリチュアル・エマージェンシー」になる事自体が初心者以外の何者でもないと僕は考えています。

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

とお思いになるかもしれませんが、最初は正しい「師」についてトレーニングするしかないと思います。

「正しい師」とは生徒さんやお弟子さんの状態を読み取り、間違った方向へ行かないように導く事が出来るのが最低限のラインだと思います。

どうしても「独学」がしたいのならば、最低限の技術と知識だけは身につけてからではないとまさしく「生兵法は怪我の元」となってしまいます。

これは僕の経験を踏まえて話している事だし、独学で学んでいる人を見て感じる事でもあります。

正しく行えばこれほど人生に役に立つ事のない「精神行」ですが、初期の段階を間違えてしまうとこれほど人生を棒に振る事もないのが「精神行」だとも言えます。

スピリチュアルに代表される「見えない世界」が流行している今の世の中を見てまわすと、「良くない状態」である人が大勢います。

そういった人に向けてこの「スピリチュアル・エマージェンシー」についてまた記事を書くつもりなのでご興味ある方はどうぞお付き合いをいただければと思います。