「氣」はオカルトなのか?

こんにちは 谷山です。

皆さん、オカルトってお好きですか?

こんなマニアックなブログを読んでくれている人だったらそれなりにオカルトに興味があるかと思います。

僕は基本的に「氣」とか「チャクラ」はオカルトの部類だとは思っていません。

ただ、「オカルト」に興味の全く無い弟がこのブログを読んだ時に

「記事が長すぎて全く読む氣がしない」

というぐらい興味を示さなかったので、もしかしたら世間一般では「氣」はオカルトの部類に入ってしまう可能性は否定はできないと戦慄しています。

今日はちょっとそこら辺の検証を兼ねた記事を書いてみようと思います。

ウチの家族のオカルトレベル

僕はオカルトが好きか嫌いかと言われれば「まぁ、嫌いじゃない」と答えるレベルのオカルト好きです。(オカルト好きの事を以下では「オカルター」と表記)

程度で言うと中の上、積極的に情報を集めたり実験をする訳ではないけど話を聞いてる分には多少のワクワク感は否めないレベルです。

ただ、うちの家族に関しては

「もうちょっと興味持とうよ」

と思わず突っ込んでしまうぐらい全員オカルトには興味が無い。

さらに僕がこの仕事を始めた際

「氣を扱う仕事をするんだよ」

と説明した時、子供達は

「すげぇ!ドラゴンボールみたいじゃん!」

などと未知の世界に目を輝かせていたものだが、今となっては

「大人になっても「氣」とか言ってる奴ってヤベえよな」

とこれみよがしに言ってくる。

そうすると奥さんが

「なに言ってんの!お父さんのお仕事よ!クスクス」

と堪えきれないせせら笑いを交えながら子供に注意をしたりします。

つまりウチの家族は根っからの現実主義者達の集まりな訳です。

娘がオカルト雑誌の編集者と婚約したら

そんな家族でも年月が経ればどうなるかは分かりません。

今は小学生の娘が大人になった時には立派なオカルターになっている可能性は否定できない。

そして

「お父さん、私、結婚を考えてる人がいるの 今度会ってくれない?」

こんな事を言われたてドキドキしない父親がいるだろうか?

ましてや連れてきたのが雑誌「ムー」の編集者であった日にはドキドキしすぎてどう対応していいのか僕には全く分からない。

「娘さんとオカルトチックな家庭を築いて必ず幸せにします!」

そんな事を言われたら意味が全く分からない。

分から無さすぎて覚醒してしまうかもしれない。

人生というモノが100%確定しているストーリーだとしたら、多分この時、俺が「本当の覚醒」を知るストーリーになっていると思う。

まぁ、絶対にそんな結婚許さないですな。

何だよ、「オカルトチックな家庭」って、ふざけんな

そんな事を考えた時、突然背筋がゾッとしました。

「逆だったらどうなるんだろう・・・・・」

娘さんを必ず幸せにします!

僕が奥さんと結婚する時、当たり前だけど奥さんの実家に挨拶に行った。

人生初の「結婚のご挨拶」だった。

かなり緊張していて、「やっぱあの定番の言葉は言った方がいいんだろうな」と考えていた。

その言葉とは

「娘さんを必ず幸せにします」

というドラマとかでよく聞くあのセリフ

お義父さんは集団就職で青森の田舎から出て来て、仕事を掛け持ちしながら家族5人を食べさせてきた人で、厳格なイメージがあったので

「ド定番のあのセリフを言う事でお義父さんに氣に入られるかもしれない」

そんな下心を持ちつつ、緊張もピークに達した時に俺は

「娘さんを必ず幸せにします!」

と言い切った。

それはもう恥ずかしさと緊張で涙目になりながら。

するとお義父さんはニコッと笑って

「ウチは返品はきかねーからな」

と言ってくれた。

「ありがとうございます!」

結婚が決まった瞬間だった。

正確に言うとお義父さんの早口な津軽弁がキツすぎて何を言ってるか聞き取れなかったけど

多分ニュアンス的にそんな事をアイツは言ってたと思う。

そんなこんなで結婚に漕ぎ着けたのに、今では娘の旦那の仕事がまさか「氣」を扱う仕事になってるとは・・・・

「氣」はオカルトなのか?

最初に言った通り、僕は「氣」や「チャクラ」をオカルトの部類とは考えていない。

けど、団塊の世代であるお義父さんはそういった「目に見えないモノ」が大嫌いだ。

娘との結婚の挨拶にきた「ムー」の編集者はまだ俺に正直に結婚の挨拶をしてきた。

そういう意味ではあいつは男らしかった。

しかし、俺は「絶対に幸せにする」としか言っていない。

当時はモチロン堅気の仕事をしていた。

「今は普通の会社員ですがそのうちクルクルパーになって、治ったと思ったら突然「氣」の塾をやるとか言い出しますけど、娘さんを絶対に幸せにします」

と言っていたら嘘にはならないかも知れなかったが、流石に結婚の挨拶の時にそこまで言える程の器量は俺は持ち合わせていない。

お義父さんから見たらこの仕事も充分オカルトの部類に入ってしまう。

そんな事を考えると今の俺の仕事は「オカルトレベル」で言うと「グレー」と言わざるをえないかもしれない。

これだけダラダラと文章を書いたけど、分かった事が一つある。

それは「捉え方」はその人次第って事。

逆に人からどう捉えられようと氣にする必要はないって事も理解できた。

価値観はそれぞれだ。

肯定も否定もするもんじゃない。

「人それぞれの個性ある価値観」

この世界に一つだけの素晴らしい宝物はあなたの胸の中に眠っています。

窮屈な現代社会ではその「価値観」に本当の輝きを持たせる事は容易ではありません。

ご自身の個性を輝かせたいのなら、是非「氣塾」で氣力を強くし、その素晴らしい個性を開花させてみませんか?

ちなみに「オカルター」ってせっかく作った言葉を一回しか使えんかった・・・・