自分の感じている「感覚」 それって正解なの?

谷山です。

突然ですが、あなたは「何か」を感じた事はありますか?

人間には「味覚」「聴覚」「触覚」「嗅覚」「視覚」の五つの五感があるのは周知の事実ですが、「識覚」とか「霊感」といわれる六個目の感覚器官があります。

いわゆる「感覚」だけで捉えるモノであり

「今、何かを感じた!」

とか言ったりして認識するモノです。

君はコスモを感じた事はあるか!? って古いね

現代ではそういった「第六感」的なモノは軽視される傾向にあり、子供の頃からその感覚を磨く訓練を受けている人は本当に一握りしかいないと思います。

なので、自分が感覚で「何か」を捉えたとしても「氣のせい」で終わってしまう事も多いです。

また、以前の僕がそうだったように明らかに何かを感じているのに、「感じる」という事に慣れておらず、自分の感覚が正しいのかどうか疑ってしまう人も多々います。

「氣塾」では施術をする際に練った氣を「氣脈」に入れて氣脈を押し広げていくのですが、「氣」を流されている方は氣が当たっている箇所に見えない「何か」が当たっている感覚を覚えます。(まぁ、その当たってるのが「氣」なんですけどね)

こんな感じ。 手の平がビバビバするから通称「ビバ」と呼んでます。

施術をしながら

「どうですか? 当たってる感じとかありますか?」

と聞くと

「確かに何か当たってる。けどそれは自分の思い込みかもしれない」

と返ってくる事が結構あります。(まぁ、見えないからねぇ)

そんな感じで

「感じているけど、その感覚が正解なのかどうなのか分からない」

という人が多いのも事実です。

これは「感覚」というモノを使ってこなかったが故に自分で感じている事が「思い込みかもしれない」といった感じで確信が持てないんでしょう。

周りに同じように「感覚」を使える人がいなかったり、そういった事を教えてくれる人がいない場合はそうなってしまうのも仕方ないと思います。

そんな風に

「自分の感覚に自信が持てない」

という人が一定数以上いるのは事実なので、、今日はそういった人に向けて記事を書いてみようと思います。

あなたが感じた「感覚」はあなたのモノ

もし、あなたがカレーを食べて

「旨い!」

と感じたとします。

それをお友達に勧めてみましたが、友達は

「ん~ ココイチの方が美味しくない?」

なんて返してきました。

それは「好み」であり、「主観」です。

そこに「正解」「間違い」は存在しません。

普通のルーに具材をぶっこんだだけで魚介のダシが効いていないココイチのシーフードカレーが結構好きです。

「氣」が手の平に当たる感覚においても

「押されているような感じがする」

「ビバビバする」

「暖かくなる」

など人によって様々です。

それにも「正解」「不正解」は存在しません。

強いて言うならばその人が感じた感覚が「正解」となります。

なので何かを感じた時は

「〇〇みたいな感じがするけど、もしかしたら思い込みでそう感じてるかもしれない・・・」

そんな風に思う氣持ちは分からなくもありませんが、とりあえずは思い込みでも何でも

「自分が感じている事は間違いなく感じている そこに正解、不正解はない」

と思って貰って良いと思います。

じゃないと自分の感覚が信じられなかった以前の僕みたいに、「歌舞伎町の裏路地」で寒氣を感じながら

「俺が感じてる寒氣は本物なのか?」

なんて事をし続けたりする事になるかもよ。(ダメ!絶対!!)

ただし、「自分の感覚」を過信し過ぎる事には注意も必要だったりします。

「感覚」に振り回される

さっきも書いた通り、「感覚」はあくまで「主観」なので「正解」「不正解」はありません。

自分が感じたままが「正解」です。

ただ、自分の感じる事を感じたままに信じすぎたりするのもけっこう危険だったりします。

例えば、とある「新興宗教」の教祖さんがとてつもない「邪氣」を発しているケースもあります。

ある霊能力者に言わせると

「あの教祖は蛇がついてる」

と言っていました。

僕は霊能者ではないので、「蛇」とかどうとかは興味の範囲外ですが、その教祖さんの写真と「トンレン」すると「氣」が上部に昇り、熱氣を帯びているのを感じました。

まさしく「邪氣」と分類されるタイプの「氣」を発しています。

でも、その教団の信者さんはその教祖様の発してる「氣」を「神氣」として崇めている訳です。

とある霊能力者からすると「蛇憑き」、僕からすると「邪氣被り」、信者からすると「神氣」という風になる訳です。

「目には見えない世界」ですから、自分の受け取り方一つで意味自体変わってしまう事も大いにありえてしまいます。

さらに色々なモノを拾ってしまう体質の人というのはダメージを受けやすくもあり、トレーニングをしていない過敏な人が自分の感覚のままに拾ったモノを感じ取りすぎると

「この家は呪われてる!」

とか

「あなたには狐が憑いてる」

などと「電波さん」になってしまう可能性もあります。

そうなってしまうと普通の日常を過ごすのが困難です。

なので

「感覚は主観的要素が強いので、自分の感じたモノは正解ではあるけどそれをあまりに信じ過ぎるのも考えモノ」

というような感じで覚えて貰っていて良いと思います。(文章で表現するのがイマイチ難しい)

まぁ、「変に自信を持つな」って事ですかね。

「感覚」を共有して精度を高めるのが大事

何だか少しとりとめの無い感じになってきましたが、やっぱり重要なのは

「感覚を鍛える」

という事に尽きると思います。

「自分が感じたモノがどういったモノなのか?」

というのを他人と共有して、それをデータとして自分の中に蓄積する事が重要です。

例えば、人から「ザラザラしたエネルギー」を感じ取ったとします。

それを本人と確かめ合います。

「何かザラザラしてちょっと不快な感じがするんですけど何かありました?」

「ああ、昨日すごい嫌な事が起きて、今でもイライラしてるんですよ」

そんな感じです。

そうなれば

「こういったザラザラしたエネルギーは人がイライラした時に発しやすいんだ」

と知る事ができます。

もちろん、これは一例に過ぎませんがそういう練習を繰り返して「感覚」を磨いていくのが一番良いです。

そうやって、第三者と感覚を共有する事で初めて自分の感覚を現実に活かす準備が整うと言ってよいでしょう。

ただ、会社の同僚や友人にいきなり

「エネルギーの読み合いしませんか?」

なんて言ったらその時点で「電波ちゃん」とあだ名をつけられる事請け合いなので注意してくださいね(笑)