人から影響を受けた時のエネルギー

谷山です。

もう何度もこのブログで言っている事ですが、「氣塾」には「人から影響を受けやすい人」がたくさん来られます。

「人から影響を受けやすい」と聞いても受ける印象は人それぞれですが、ここではモロに他人からエネルギーを被ってしまいダメージを受けてる人の事を指します。

ちょっと違うニュアンスですが昔は人から影響を受ける事を「かぶれてる」なんて表現もしましたね。

ここではそれとは少し違う感じだと思って下さい。

「人から影響を受けてる」(以下「被ってる」と表します)人のエネルギー状態はちょっと独特な感じです。

もうさんざんそういう人を見てるので、今日は僕なりにそういった人のエネルギーの事を書いてみようと思います。

「氣エネルギー」の感覚

「氣」は物質ではありません。

実際に存在するモノではありますが、目に見えない以上は「概念」と呼ばざるを得ません。

「氣」を感じる感覚は人それぞれですが、「重み」「熱感」「ピリピリした痛み」などある程度共通する感覚はあります。

ただ、これって実際に物質が肌に当って感じる訳ではないので「重みのない重さ」「熱くない熱感」「痛くない痛み」などとちょっと文章では伝わりづらい感覚です。

「氣」で感じて

実際に「氣」を流してみて

「どうですか? 何か感じますか?」

「重いです! 何ですかこれ!?」

「それが氣の感触ですよ。でも本当に何か乗ってる訳じゃないから重くはないでしょ?」

「重くはないですが重いです! 何ですかこれは!?」

「いや、だから氣です」

そんなやり取りもたくさんしてきました(笑)

なので「氣」の感じ方として「物質に触れて感じる」というより「概念を感じ取る」と言った方が伝わりやすいかもしれませんね。(実際に氣は人の神経に作用しますが)

そこんとこをご理解いただいた上で「人から影響を受けてる時」のエネルギー状態を僕なりの感覚でご説明したいと思います。

人から影響を受けてる時の状態

何度も言うように僕の所にはエネルギーに敏感な「エンパス」さんがたくさん来ます。

数回セッションをしてすぐに体質改善となる訳ではなく、何度かセッションを重ねながら「氣力」を強くして「氣エネルギー」の感覚や読み取り方などのコントロール方法を学んでいただき、ご自身の体質を長所に変えていきます。

そういった人の初回のセッションはまず間違いなく「被っています」。

最初の施術でその「他からのエネルギー」は排出されますけど体質はそんなにすぐに改善しないので、日常生活を送っているとまた被ってしまう事もあります。(一応、言っておくと「他からの影響」を「被ってる」という意味です)

そんで施術でまた排出しながら、その人の「氣脈」を太くしていき「他からの影響」のダメージを受けないようにしていく訳ですが

「もう全く大丈夫だよ!」

となるまではどうしても他人から被ってしまう事もあります。

そんな人を見ると

「ああ、この人また被ってるなぁ」

と思うんですが、その「被ってる時」ってのはちょっと独特です。

なんちゅうか「人から影響を受けてる時のエネルギー」って僕の感覚からしたら「平衡感覚」が狂うような感じです。

クラクラ~としたエネルギーを発してるのですぐに

「あ、被ってるな」

と分かります。

さらにザラザラとした熱感もあり、けっこう不快です。

例えるならば「酔っ払ってる」状態に近いかもしれません。

「氣」の感覚で言うと

「酔っ払ってるのに酔っ払ってない」

みたいな感じです。(もうそろそろ文章での表現に限界がきてるな、うん)

いや、別にお酒飲んで酔っ払ってる分には問題ないんですけど、被ってる状態だと自分が意識できないのに酔っ払ってるみたいな感じになる訳です。

はっきり言うとこんなん被ってたら結構なダメージを喰らってる訳ですが、本人がそれに氣付けていない状態です。

そりゃダメージを喰らい続けてしまう訳ですよ。

「他」からの影響はすぐに排出できるという事とワタクシメの思い

先日もセッションに来られた生徒さんとお話をしてると

「あ、被ってるな」

と感じました。

その後に行うセッションで呼吸法をやれば勝手に排出されるので余計なお世話かもしれませんけど、その方と普通にお話をしながら「被ってるエネルギー」を排出しました。

排出されてから生徒さんに確認してみると、急に楽になったと仰っていたので

「良い感度してるな~」

と感心してました。

その生徒さんは

「話してるだけなのに!」

と少し驚かれていた様子でしたが、はっきり言って僕がやった事は非常に簡単です。

答えを言ってしまえば単に「トンレン」をしただけです。

「トンレン」は相手の「苦」を受取り、自分の「楽」を相手に渡す「慈悲の瞑想」と呼ばれています。

この場合は生徒さんの被ってるエネルギーを感じ取り、それをコネコネビッタンビッタンして相手に返すだけの楽なお仕事です(笑)

ここまで楽ではありませんけど

それを生徒さんとお話しながらやったまでの話です。

氣力をつけて練習すれば誰でもできます。

んだけども!!

その生徒さんがそうな訳ではないのですが、「氣」などの目に見えない世界に関して非常におっかなびっくりというか「自分にはまだまだ」という様な思い込みを持ってる人って結構います。

そんな人からすると

「あなただから出来るんだよ」

と思ってしまう事も多いようです。

別の生徒さんと話をしていて言われた事があるのですが、その生徒さんは教室に通われて2年近く経つ生徒さんで、今は「氣力」もついて読み取る能力も飛躍的に上がり、外部からエネルギーを被ったとしても今は影響を受ける事はありません。

その生徒さんと「人からの影響」を排出する話をしていて

「ね?排出するって簡単でしょ?」

と言うと

「ホント簡単です」

と言っていました。

でも、以前は僕が何を言っても

「先生だから出来るんだよな~」

と思っていたそうです。

「先生だから出来る」は反対から見ると「自分には出来ない」という思考です。

このブログで何度も言ってる事ではありますが、「思い」に「氣」は乗ります。

そういった考えではやっぱり進歩は遅くなってしまう訳です。

もちろん、「行法」というのはある意味で誰にでも適応できるモノでもありますのでそういった思考を持っていたとしてもいつかは出来るようになります。

でも、「出来るようになる」のって早い方がいいじゃないですか。

「排出」するのにはそれなりに太い「氣脈」は必要ですし、もちろん「氣力」はある程度以上なくては難しいと思います。

でも普段から「呼吸法」をやっていればそんなに難しい話ではありません。

普通の人は絶対やってない「呼吸法」を忙しいなか時間を割いてまでやってる訳じゃないですか

「自分には出来ない」

という考えよりも

「こんなにやってんだから出来て当たり前」

ぐらいの考えの方が僕は絶対にいいと思います。

「呼吸法」に限らず、「自分なんかまだまだ」という考え方は自分の成長を遅らせてしまう危険性があると感じます。

もちろん、「俺様はすごいんだぜ!」みたいな傲慢な思考も考えモノではあるけどね。

まとめ

ちょっと話それちゃったね(汗

まぁ、なにはともあれ「人から影響を受けてる状態」というのは僕にとって

「無意識のうちに酔っぱらってる」

みたいに映る訳です。

少し鋭い人だったら「何か変だな~」ぐらいは感じると思いますが、大体は自分では氣付けない場合が多いし、氣付けても対策を知らなければどうしようもありません。

ただただ辛い毎日を送るだけです。

もちろん「ヒーリング」などでも排出する事は可能ですが、それだといつまで経っても自力で解決する事が出来ません。

よく

「グラウンディングが出来てない」

と自覚している人がいますが、何事も自力で解決できる力を持つのが本当の意味の「グラウンディング」じゃあないでしょうか?

まぁ、人間生きていれば大なり小なり他人からの影響は貰ってる訳です。

影響も受けすぎると自分自身が氣付かないうちに酔っぱらいみたいな状態になってしまっている訳ですが、その状態をいち早く脱する技術は身に着けて損はないですよ、というお話でした。

最近は空氣も澄んでいてとても氣持ちがいいです。

毎日を爽やかに過ごしたいものですね。