エンパスの人の繊細な発想の良し悪し

こんにちは 谷山です。

「エンパス」関連の記事を書いていたら実際に「エンパス体質」でお悩みの人からご質問などをいただく様になりました。

書いた記事に対して質問など反応をいただけるのは嬉しい事ですね^^

※このブログでは記事内容や氣塾に関してのご質問を常に募集してます。直接返事もさせてもらいますが、ブログ記事内で紹介もさせていただきますので分からない事などあればお氣軽にご質問下さいね。
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エンパスと浄化

いただく質問の中で多いのが

「人から受けた影響を浄化した方が良いですか?」

という様な内容です。

う~ん・・・・・これは難しいです。

何故かと言うと答えは「YES」であり、「NO」でもあるからです。

やっぱり「人から影響を貰ってしまっている」という自覚のある人は心理的に「自分は弱い」という風に思っている方がほとんどです。

実際、「エンパス」で困っている人に会った時に「パワフルな人だな~」と思う事はほとんどありません。(当たり前ですが)

そういった人の場合はエネルギー的な浄化をするのは効果的だと思いますが、本人が変わらなければいつまで経っても同じ事の繰り返しになりかねません。

また、「浄化」と言っても方法は様々で、塩やパワーストーンなどを使った物質的な浄化ならば問題も生まれづらくありますが、「エネルギーヒーリング」的なモノだと流し手の技量によって結果が大きく左右されるからです。

これはもちろん自分で行う「自己ヒーリング」でも同じ事が言えます。

ひどい場合だとさらに「邪氣」を被ってしまう可能性もあります。

それに塩やパワーストーンから得られる浄化効果は僕の観点から言わせてもらえば、大きい浄化効果は望めません。(あくまで僕の観点ですが)

そういった意味で「エンパス」の人が浄化に頼るのは「YES」でもあり、「NO」でもある訳です。

サイキックプロテクション

「サイキックプロテクション」って少し厨二っぽい響きですがカッコイイ名前です。(実は少し厨二病をこじらせてます)

これはいわゆる「バリアー」と言われているモノであり、イメージの力を利用したりペンダントなどの媒体を身につけてバリアーを張る事らしいです。

こういった類のご質問をいただく事もありますが、これは「プロテクション」というぐらいですから自分の身を守る為のメソッドなり道具になります。

イメージを利用して張るバリアーも効果はあると思いますが、実際に素人さんがネットか何かで仕入れた知識をいきなり100%フルに使えるとは思えません。

もし「誰でもすぐに大きな効果が出る」みたいな謳い文句があったとしたら、それはかなりショボい効果しか期待できないと思います。

だって何のトレーニングもしてない人がいきなりプロと同じ力を身につけるなんて不可能でしょ?

なのでそういったメソッドを利用してバリアーを張ったとしても効果は文字通り「氣持ち程度」ぐらいです。

っていうか昔の僕がそうでしたから(笑)

ペンダントの道具に関しては「作り手」の技量次第なので何とも言えません。

ただ、道具を媒体にする場合、それなりに効果のある物を作るにはかなりの技量が必要である事は間違いないと思います。

これらは全て「繊細さ」から来る発想

いただいた質問を見ても、ネットや書籍などで情報を集めてみても上記の2つの対処法を紹介している事が多いです。(もちろんそれら以外にもありますが)

こういった対処法は効果の程はさておき、根本にあるのは「人から影響を受けたくない」という発想があります。

言い換えてしまえば、「自分は弱い」という事を認めてしまっているとも言えます。

いや、弱い事が悪い訳ではないんです。

ただ、そういった出発点から対処法を求めた場合、どうしても発想が「繊細」になり過ぎてしまいます。

「エンパス」は「繊細さ」でもあるので、それもしょうがない部分ではありますがそれではいつまで経っても変化できない可能性もある訳です。

ただ、僕から言わせてもらえば、「人から影響を受けてしまっている」と判断した場合、思いっきり運動して何も考えられなくなるぐらい疲れてゆっくり寝た方が効果は大きいと思います。

そりゃもうゼーハーゼーハーと肩で息するぐらい疲れればそんな事に意識を向ける事もできなくなりますし、激しい呼吸をする事で氣エネルギーの循環はかなり促進されます。

まぁ、「人から影響を受けている」状態でそんな運動する氣も起きないでしょうけど・・・

何が言いたいかと言うと

「繊細さだけから生まれる発想ではなかなか変化できない」

という事です。

「繊細さ」は大変な思いをする事も多くありますが、「他人の氣持ちを理解できる」というとても素晴らしい能力でもあります。

でもいくら他人の氣持ちが理解できたとしても、それに対してどうする力も持ち得てなければ意味がありません。

「人の氣持ちを汲む」というのは自分に強さがあって初めて出来る事です。

繊細な人は「強くなろう」という発想を持ちづらく、どうしても「綺麗になりたい」(浄化)とか「自分を守りたい」(ガード)というベクトルに向きがちです。

「自分が強くなろう!」という発想さえ持てれば、自分の意識のベクトルが自分を強くする方向に向き、「いつか」とは言えないまでも自分を鍛える事が出来る様になります。

まさに「強さと繊細さを兼ね備える」という事ですね。

「強さ」と「繊細さ」という2つの要素を持って初めて人を癒やしたり良い方向へ向かわせる事が可能になります。

未修練エンパスや繊細過ぎる人は確かに生きづらさを感じてると思います。

でも、昨今流行している「今のままでいい」という言葉に甘んじる事なく、自分を強くしていけばその能力が世の為人の為、ひいては自分の為に使える事になるんじゃないかな、と僕は思います。

世の中を上手に生きるには「清濁併せのむ胆力」がどうしても必要ですね~