敏感な人の思い違い

谷山です。

「スタンド使いはスタンド使い同士引き合う」

じゃないですけど、「敏感」な人って妙に集まってくる傾向を感じるのは僕だけでしょうか?

何回かこのブログにも書いてますけど、「敏感」とか「貰いやすい」人ってホント集まってくるんですよね。

まさしく「類は友を呼ぶ」ってやつだね。

そんでも以前の僕がそうだったように、やっぱり「敏感」な人ってある種の思い違いをしてる傾向が多い。

今日はそこんとこら辺を書いてみようと思います。

貰ってしまった! 抜かないと!

まぁ、思い違いっていうと大げさかもしれないけど、敏感な人はとにかく

「貰ってしまったエネルギーを抜きたい」

って考えてる人がほとんどのように感じる。

僕んとこにも

「人混みに行ってネガティブなエネルギーを貰ってしまいました・・・・どうやって抜けばいいですか?」

という質問がちょくちょく来ます。

多分、そういう人は

「酒風呂に入って体を清めましょう」

とか

「パワーストーンの浄化作用を利用しましょう」

的な答えを欲してると思う。

それらの答えも間違ってはいない。

僕の友人でプロの整体師をやってる人がいるけど他人の患部に直接さわるから大いに悪影響を受けてしまい、その都度「レイキ」で自己浄化してる。

それなりに効果はあるらしい。

なので「貰ってしまったモノ」を「抜く」という事の効果は否定しないし、今の業界の常識ではそれが正解なんだと思う。

僕も以前はそれしか発想できなかったし。

でも今はそれだけが正解ではないという事を身を持って実感しています。

「抜く」という発想自体が「ネガティブ」を意識してしまっている

「今、自分はネガティブな影響を受けてる・・・・」

こんなん確かに嫌ですよね。

「どうやってネガティブなエネルギーを排出しようか?」

こんな風に考えるのも分かります。

でも、もしあなたがネガティブな影響を受けてしまっていて、それを排出できたとしてもまた同じ様なシチュエーションで再度影響を受けない保証は無いと思います。

前述の整体師の友人の様にキッチリとした自己ヒーリングが出来るならばまだ良いとして、そうでなければずっと同じ事の繰り返しになってしまうんじゃないかな~

ここまで書けば分かると思うけど、「氣エネルギー」に対して敏感な人は「排出」という選択よりも「自己変化」という選択を選んだ方が根本的な解決が速いという事です。

これは異常なまでに感覚が鋭敏化して、外部からの影響を受けまくっていた僕が身を持って経験したから言える事です。

敏感過ぎたワタクシ

僕もごたぶに漏れずかなりの「敏感体質」です。

今でこそ

「何でもいいんじゃね~ 楽しく行こうよ~ ハッピーハッピー」

ってな感じで(こんな事は言わないけど)見る人からみたら「図太い」と思えるぐらい「のぺ~」としてますけど、感覚が開いて色んなモノを感じ取ってしまっていた時期などは町を歩くだけでも

「ヒイッ また何か入ってきた! 氣持ち悪い・・・・」

みたいな感じで異常なまでに過敏になっていました。

何かね~ そういう時って独特の氣持ち悪さみたいなのがあるんですよ。

しかもそれを引きづってしまって、もうね、ずっ~と具合悪いの。

「またなんか拾っちゃったし、もう表出たくない・・・・ ああ、また頭の中で声がする・・・・」

30過ぎた男がこんなんなっちゃてましたからね。

今考えると恥ずかしい限りですわ。

でもね、自分の「過敏さ」に氣付いて自分自身を変えていこうと頑張るとやっぱ結果ってついてくるもんなんです。

そんで少しづつそういった「ネガティブ」なエネルギーが氣にならなくなってきて、今はもうそんなどうでもいいぐらいの氣持ちです。

つい先日も町を歩いていて、ふと何かの影響を受けてる事に氣付きました。

多分、以前だったらまた「ひいいい」となってたと思いますが、その時は

「ああ~ この感覚懐かしいな~ 俺、昔はこんなんでひいひい言ってたな~」

みたいな感じで「ネガティブなエネルギー」を懐かしむ余裕すら生まれてきたぐらいです。

まぁ、最終的にはその「ネガティブ」もコネコネして、ハムハムしてゴックンって感じでしたけどね(意味不明)

敏感な人が強さを手に入れると

「敏感」な人って自分の「敏感さ」を弱点的な捉え方をする人が多いです。

確かに敏感すぎると今の世の中生きづらいです。

でも、僕はその「敏感さ」は長所だと思っています。

敏感すぎて困ってる人が「強さ」を手に入れるとホントに世界が変わります。

だって、「強靭さ」と「繊細さ」という対極のモノをを兼ね備えた人間なんですよ?

いわばベホマズンとメラゾーマが使える高レベルの賢者のような人なんです。

もちろんザオリクも使えるぜ!        変なテンションでごめん・・・・ これ書いてるの深夜なんだ・・・・

・・・・・・・・・・まぁ、賢者はさておき、自分が強くなったからと言って今までの「敏感さ」で感じ取っていたモノを感じなくなる訳ではありません。

一言で表すと

「同じ様に感じ取る事は出来て、氣にしようと思えば氣に出来るけど氣にしないと思えば氣にならなくなる」

みたいな感じになります。

敏感すぎて外部からの影響に苦しんでる人って、乱暴な言い方すれば

「そのエネルギーにパワー負けしてる」

って事になるんです。

んで、そのエネルギーに負けないパワーが身につくと、その「ネガティブなエネルギー」を氣にするも氣にしないも自分次第って事になるんですね。

対人関係とかで言えば

「人の氣持ちを深く理解できる繊細さと周りを引っ張っていけるパワフルさを兼ね備えた人」

って感じです。

まぁ、こんな事書いてる僕がそんな出来た人間ではないのはご愛嬌として、「敏感さ」を長所に変えるには自分自身が強くなるのが手っ取り早い訳です。

世の中、「綺麗さ」だけで生きていくのってやっぱり大変だと思います。

何度か書いてる事ではありますが「清濁併せのむ」器量ってやっぱ大切ですよね。

「敏感すぎる」「貰いやすい」こんな人は少し発想を変えてみれば世界が変わってくるかもしれませんね~

まぁ何にせよ、明るく楽しく生きていこうじゃありませんか!