「氣を感じるってこれ?」誰でも分かる氣を感じた時の2つの変化

谷山です

先日のイベント出展の時もそうでしたが、初めて「氣」を体感した時

「手の平がジンジンする」

とか

「暖かくなってきました」

という風に体感として感じる人が多いです。

でも、中には「何も感じません」という人も少数いるのも事実です。

正直言うと「氣」の体感はあっても無くても効果には問題は無いのですが、どうせ受けてもらうならば体感はあった方が楽しいのは間違いありません。

なので、そういった「何も感じない」という人に色々と説明して「氣」の感覚に気付いてもらう事も行います。

今回はそういった「氣の体感」について書いてみます。

「エネルギーを感じてみたい!」

なんて人の参考になればいいな~

氣の感触

「氣」の感触は本当に人それぞれ千差万別です。

自分がおいしいと感じている食べ物が人によっては嫌いな味であるように、はっきり言ってその人の「感性」によるものですから正解も不正解もありません。

ただ、ある程度は共通した感触があります。

動=体内の氣の動きを感じる

痒=皮膚の表面がムズムズする、もしくは体内をアリが動いているような感覚

軽=氣が膨らみ、体が膨らんでいくような感覚 

重=体が上から圧迫されている様な感覚 重いけど重くないみたいな感じなので説明しずらい

涼=涼しくなっていく感覚

暖=氣を流されている場所や体内が暖かくなる 汗が出る事もあるけど不快な感じはしない

粗=皮膚がザラザラする感じ、もしくは体が固くなったり硬直する様な感覚 

滑=粗に近いが、こちらはスベスベするような感じ、硬直するのではなく体が柔軟な感じになったりもする

と言った事が共通した体感として挙げられます。

この8つの感覚を「奇経八触」(きけいはっしょく)と言います。

「氣のせい」は「氣が原因」

上記の「奇経八触」を説明すると、「ああ、この感覚か~」と何となく感覚を掴む方も多いです。

でも初めての「氣の感覚」を信じる事が出来ない人もいるのが現実です。

これはね~、よく分かるんですよ。

僕自身、最初は自分の感覚が信じられませんでしたからね(笑)

「手がジンジンします。でも氣のせいかもしれない・・・・」

もうね、何度この言葉を聞いた事か。

その度に僕は「それは「氣のせい」です」と言ってますけど(笑)

「氣の感覚」って最初はすごく微細なんです。

でも、その微細な感覚に意識を集中していると感覚はどんどん大きくなります。

そうやってトレーニングを進めていくと「トンレン」の精度も上がるし、「行」も楽しく行う事ができます。

「意識」に働きかける「氣エネルギー」

「氣エネルギー」は「ジンジン」や「暖かくなる」などの体感の他に、「意識」に働きかける事もできます。

こっちの方が「体感」としては分かりやすいかもしれませんね~

どういう事かと言うと、「トンレン」で「氣」を同調させてこちらが「氣」を興します。

「興す」ってちょっと分かりづらいかもしれませんが、「こちらから氣を大量に送る」って解釈していただければいいと思います。

そうすると相手に「氣」が充満して、いわゆる「元氣」な状態になります。

「ハイテンション」と言い換えてると分かりやすいかもね。

その状態で今度は一氣に氣を下げます。

発電した「氣エネルギー」を丹田(2番チャクラ)にしまうイメージです。

「氣が下がる」ってのは「リラックス」している状態ですから、氣を同調させて思いっきり下げる訳です。

それはもう思いっきり下げます。

そうすると大体の方がリラックスしすぎて「寝落ち」します(笑)

氣力がついてくれば寝落ちせずに「リラックス」した状態を楽しむ事も可能になります。

余談ですが、僕らは呼吸法を行う事により自分の「意識状態」をコントロールし、半強制的に瞑想に入る訳です。

「何で呼吸法をしてるだけなのにこんなに眠くなるんですか!?ありえない!!」

こんな風に「氣」を身をもって体感してもらうと分かりやすくもあります。(ありえない!!とか言う人はいません、大げさに表現しただけです)

まとめ

「氣の体感」について書いてみましたが、要約すると「体感」と「意識状態の変化」という事に大別できます。

さっきも書きましたが、自分の感じている感覚にあってるも間違ってるもないので最初は自分の感じるままに「氣」を感じてみればいいと思います。

何も感じなかったとしてもそれはそれで正解だと思っています。

もちろん、その先には「自分好みの氣」とか「自分を成長させてくれる氣」なども存在しますが、それは他の人との交わりの中に存在します。

その様な「氣の交わり」を経験していく第一歩として今回の記事が「氣」に興味ある人や自身の成長を願う人の役に立てればいいな~と思っています。

まぁ、何にせよ「氣は万物の元」という事をご理解いただければと思います。