ADHDと診断された人に「おめでとう」と言いたい

こんにちは 谷山です。

先日来られた生徒さんで最近、会社を辞めたばかりの方がいらっしゃいました。(以下Aさん)

Aさんは職場での人間関係に疲れ切ってしまい、退職を余儀なくされたそうです。

それからちょっとした「対人恐怖症」の様な感じになってしまい、どうにかして自分を変えたくて足を運ばれました。

トンレンで氣を読み取ってみると、やっぱり「頭部」と「胸部」に詰まりが生じています。

Aさんは真面目な方で、「仕事を辞めたから少し休む」という発想ではなくて、「すぐにでも仕事を探さなければ!」と思ってしまうタイプの人でした。

こういう真面目なタイプの人は「仕事をしてない人間はダメな奴だ」と思ってしまう傾向にあったりするのですぐに次のステップに進みたがります。

ただ、受けた心の傷が癒えていないので次のステップへ行こうとはするのですが、行動へはなかなか移せない事も少なくないです。

その「動きたいのに動けない」というジレンマがさらにマイナスのスパイラルを生み出してしまう事もあります。

そんな真面目なAさんが僕にある告白をしてくれました。

自分が「ADHD」であるという告白

Aさんは仕事を辞めるちょっと前から自分の精神が衰弱していっているのを感じ、診療内科やメンタルクリニックへ通っていたそうです。

そこで色々な薬などを処方されたらしいのですが、薬を飲んでもボッ~とするぐらいで対して効果も感じられなかったそうです。

そしてあるメンタルクリニックで、職場の人間関係などについて相談するとカウンセラーがあるテストをするように言ってきました。

簡単なテストに答えた結果、そのカウンセラーが

「Aさん、あなたはADHDの疑いがあります」

と言われたそうです。

そう言われたAさんは今までなぜ職場で人間関係が上手くいきづらかったのかを理解したと同時に「社会不適合者」の烙印を押された様な氣がして酷く落ち込んだみたいです。

それなので、Aさんが僕に対して「自分がADHDである」という事を言ってくる時はかなり言いづらそうな雰囲気でした。

そもそもADHDとは?

最近ではよく聞くようになった「ADHD」ですが、そもそもADHDとは何でしょうか?

ADHDとは 「注意欠如多動性障害」(ちゅういけつじょたどうせいしょうがい)と呼ばれ、落ち着きが無く、目の前の事に集中できなかったり、込み上げてくる衝動を抑えられない障害と言われています。

注意力も散漫となり、仕事や人間関係に問題が生まれる事も多く、社会生活を送る上で障害が多いとされています。

割合的には10%程度の人間が「ADHD」と言われていますが、詳細がまだ分かってない事も多く、25%ぐらいの人が当てはまるとも言われております。

現代医学では「精神疾患」とされ、脳に原因があると言われています。

ADHD?おめでとう!!

実は僕もAさんと同じく「ADHD」と診断された事があるんです。

ですが、僕は自分が「ADHD」と診断された時は「やっぱりな」と思う程度でした。

元々、自分が落ち着きがないのは知っていたし、「何をいまさら感」が強かったです。

「社会不適合者」と言われても、そもそも僕は今の「社会」自体を認めていなかったので屁とも思いませんでした。(社会を認めてないって何か凄いな)

社会を認めてなかった(笑)16歳当時の僕(左側)

「ADHD」自体、僕は個性だと思っていますのでAさんが言いづらそうに告白してきた時も「やったじゃん!おめでとう!!」という風に思いました。

もちろん、Aさんにとっては深刻な問題であろうと推測されますので、言葉を選んでAさんにはお話しましたが、根本としては「自分の個性が分かったね!おめでとう!」という思いがあります。

「ADHD」って現代では「疾患」とか「病氣」の類みたいにみられますけど、僕はそんな風には微塵も捉えていません。

そりゃ「社会」という側面からみたら「病氣」に写るかもしれないけど、そもそも「社会」という概念自体、人間が作ったもんですからね。

それよりも「病氣」というレッテルを貼り付けてみんな一緒くたにする「社会常識」に囚われた人達の方こそ僕からみたら病氣に思えます。

もう一度言います。

「ADHD」は病氣ではなく個性です。

それをAさんに伝えるとAさんの中で詰まっていたモノが流されてかなりスッキリした様子でした。

僕自身、呼吸法と瞑想を実践する事で精神をコントロールして落ち着かせる術を身に着けましたし、正しい知識と方法さえ知ってれば「ADHD」だろうが何だろうが困る事はありません。

もちろん、僕らは「社会」で生きているので「社会通念」とか「一般常識」というのはどうしても必要です。

ただ、あまりそれらに囚われ過ぎると本当に生きづらさを感じます。

いいじゃないですか、社会に適合できなくても。

そんなあなたが「この世に生まれてきている」という事は何かしらの意味と必要性があるんですから。

もし自分の周りの人が「ADHD」と診断されて落ち込んでいたら言ってやりましょう。

「やったね!おめでとう!!」と。